第14回いっしょに読もう!新聞コンクール 最優秀賞(中学生部門)大作知穂さんへの記者からのメッセージ

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海と暮らす人の思いを伝えたい

 東京電力福島第一原発事故で、破損した原子炉建屋内に地下水が流れ込み続け、地上につくったタンクにためていたけど、もう場所がなくて限界だ――。国と東電はそう主張して、タンク内の水を海へ流して処理することにした。

 含まれる放射性物質は多核種除去設備(ALPS)で取り除かれ、除去不可能なトリチウムが残った「処理水」を海水で薄めて流すという。11月20日に3回目の放出が終わったが、東電の公表によると、同月2日から始めたその規模は計7753立方㍍、トリチウム総量は約1兆ベクレルだった。

 そんな処理水放出だから、1回目の放出開始前に漁師ら漁業者が、「魚が売れなくなるのではないか」と反発したのも当然だ。

 当時の関係者の最大の関心事は、「本当に国が言っているように安全なのか」と、「風評被害は起きるのか、どうか」だった。しかし新聞および一記者には、いずれにも明確に答えるすべを持たない。私は、「となると、国策にひき潰されようとしている人たちの声を丁寧に紙面へ載せていくのが使命というものだろう」と考えた。

 この頃はネット上に、「もし魚が売れなくても賠償金をもらえるから、いいではないか」という声もあった。記事に出てくる志賀さんは、お金の問題ではなく、漁師の生きがいが脅かされているのだと訴えた。とってきた魚への愛情、仕事への誇りを記事で紹介した。誰だって、一生懸命したことを否定されたら悲しい。そうした素朴な思いを描いた。

記事で訴えたかったこと

 私たちが記事を書くときは、「その記事で何を訴えたいのか」が問われる。私は、志賀さんの思いをぶつけることで、読者である大勢の消費者に風評被害の問題について考えてほしいと願った。誰しも、安心できるものを食べたい。でも、その魚を買う、買わないの判断の向こうにある、海や魚と暮らす人たちの思いを伝えたいと考えたのだ。

 その点、この記事を題材にしてくれた恵泉女学園中学校(東京都)の大作知穂さんは、お父様のご助言をもとに、地元漁師だけではない多様な視点に気づき、風評被害を生み出すか否かは消費者の行動次第ではないか、と考えてくれた。これこそ私が願ったことで、「ちゃんと読者に伝わったのだな」と実感でき、本当に感謝でいっぱいです。

 今のところ、海水モニタリングの結果などに異状はなく、風評被害も起きていない。ただ、処理水放出は今後、数十年も続く。いつ何が起きるかわからないなか、不安を抱き続ける漁業者、最後まで責任をもつと約束した国、そして日々の食材を買う消費者それぞれにとって、考えていかなくてはならない問題は、まだ始まったばかりだ。もちろん、記者にとっても。

西堀 岳路(朝日新聞社記者)(2023年12月11日)