第11回いっしょに読もう!新聞コンクール 最優秀賞(高校生部門)・山口歩乃果さんと出会った記者の思い

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20年12月15日の表彰式で表彰状を受け取る
山口さん(左)の様子(西日本新聞社提供)

将来の道筋示す記事これからも

 故人の「新作」生み出すAIの問題点

 利を求めるためにAI(人工知能)を使うとすれば故人への冒とくであり、法的な環境整備を後回しにしてはならない――。今回、「いっしょに読もう!新聞コンクール」の高校生部門で最優秀賞を受賞した山口歩乃果さんの感想文を読んでいると、思わず目が留まった。私自身が取材を始めた原点でもあり、読者の問題意識と一致したことがうれしかった。


 記事では、「漫画の神様」と言われる手塚治虫氏(1928~89年)の31年ぶりの「新作」がAI技術と人間の共同作業で生み出されたことを紹介。AIは膨大な手塚作品の特徴を学び、物語の筋(プロット)やキャラクターの顔を作成した。「新作」に抵抗を感じる往年のファンの心境などを考慮して、著作権は手塚プロダクション、AI技術で協力した大学の研究室、記憶媒体開発会社が共同で管理するようにした。


 近い将来、AIに既存の漫画や映画を読み込ませることは自由にできるようになる。しかし、その読み込んだデータをもとに、無限に新作が生み出されるようになれば、作品の希少性や商業的な価値も下がるため、著作権自体の意味が失われる恐れも出てくる。また、AI技術によって故人の作品を新たに生み出せば、その人を「復活」させるとも捉えられ、倫理的な問題が付きまとう。単にAIの優劣を評価するのではなく、多様なものをあえて多様なまま提示し、ルール整備が追いついていない現状を報じた。


 東京から発信した記事を、遠く離れた九州の高校生が読み、考えを深めてくれたことに勇気づけられた。「作者のデータが組み込まれたAIは、遺伝子を受け継いだ子供のような存在になるのだろうか」。山口さんの素直な気持ちに心が洗われた。日々、締め切りや取材に追われていると、目的を達成するための最短距離を算出するような思考や行動のあり方が定着し、合理性を求めがちだ。AI時代に生きながら、その意味を立ち止まって熟慮することも大事だと気づいた。


 問題提起にとどまらない新聞の役割


 12月15日にあった表彰式には、ウェブ会議システム「Zoom」を使って参加した。家族と記事の内容について話し合い、AIに疑問を抱くようになるなど、山口さんの考えに変化が生まれたことは「狙い通り」以上のことだった。山口さんは、この記事を選んだ理由について「今年は(新型)コロナウイルスの記事が多くある中で、AIが過去に亡くなった作家の新作を生み出せるという斬新な発想に魅力を感じたから」と語ってくれた。短時間で社会の全体像をつかむことができる「一覧性」のある新聞だからこそ記事に目が留まり、AIについて考えを巡らせる出発点になったのではないか。そう思うと、記者としてこれ以上幸せなことはない。


 記者が、自分の記事について読者と意見交換する機会はそう多くない。「未来の生活に期待が膨らむ」とも語ってくれた山口さんの言葉は、問題提起が取材の原点にある私自身にとって新鮮で、取材に対する考えが揺さぶられた。将来の道筋を示すことが新聞の役割の一つであることを教えてもらった。

高橋 祐貴(毎日新聞東京本社経済部記者)※肩書は執筆当時(2021年2月17日)