第10回いっしょに読もう!新聞コンクール 審査員特別賞・影浦響子さんと出会った記者の思い
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表彰式で対談する影浦さん(左)と秋山記者
悩みながら考え続ける報道の役割
殺人事件の犠牲者数としては平成以降で最悪となった京都アニメーション放火殺人事件の実名公表・実名報道をめぐる問題を正面から論じ、「多角的な視点を失わないように」との考えを導き出した影浦さんの深く考える姿勢に、発信者である私たちも深く感心した。
事件の実名報道をめぐっては、事実を正確に伝えるという報道機関の役割と、犠牲になられた方々のプライバシーや遺族感情など、単純には結論を出せない、出すべきではない要素が多くある。36人もの尊い命が奪われた京アニ事件でも、社会全体で大きな議論となった。
事件を受けて産経新聞社内でも何度も議論が行われた。「匿名では事実が伝わらない」「悲しみに暮れる被害者が匿名を望むのは自然なことだ」。役職を超えて真剣な話し合いを重ね、現状で最もふさわしい形を探ってきた。それらは「0か1か」では判断できないものであり、現場記者から編集責任者まで一様に悩みを共有した。
影浦さんが記事を見て最初に感じた実名報道への疑問や怒りは、まさに核心を突いた内容であり、私たちは重く受け止めなければならない。と同時に、その後の母親との会話で気付いた「取材を望む遺族も存在する」ことは、私たちが記事を通して伝えたいことの一つでもあった。記事がさまざまな考えを巡らせる出発点になったことは、私たちにとってこの上ないやりがいだ。
「多角的な視点」忘れずに
取材では、慰霊のために現場を訪れる大勢のファンたちを目にした。焼損した建物を見つめながら涙を流す人、犠牲者への感謝を記したカードを供える人、わざわざ海外から訪れ数分間にわたり手を合わせる人。現場でファンの献身的な姿を見るたび、こみ上げるものがあった。今回の対談では、影浦さんも京アニ作品に深い愛情を持っていることを知った。そういった愛情の一つ一つが、京アニの再出発と事件の風化防止につながればと思う。
新聞には、世の中の出来事を正確に歴史に残す役割が求められている。ただ、その大前提にあるのは「誰に伝えるか」であり、読者の存在を忘れた記事は成り立たない。影浦さんの気付きを通して一番学ばせてもらったのは私たちであり、私たちこそ「多角的な視点を失わない」ことを肝に銘じたい。
秋山 紀浩(産経新聞社京都総局記者) ※肩書は執筆当時(2020年1月30日)