“先生”体験から考える

若者が絶えない投書欄の力―社会とつながる自覚を養う出前授業

 福島民報の投書コーナー「みんなのひろば」は、ここ2年ほど小中高生や大学生ら若い世代からの投書がほとんど絶えたことがない。新聞を読まない、新聞と縁遠いとされる貴重な若い世代の声を読者に十分に伝えようと、丸1ページを使って「特別編」を作ることもある。将来の夢、社会への訴え......。最近は新型コロナウイルスに関連した意見も目立つ。真っすぐな言葉でつづられた思いは、紙面に活気をもたらしてくれる。

 若い世代の投書が増えた大きな要因の一つに、記者らが学校に出向く出前授業での取り組みがある。数年前から、授業を受けた子どもたちにチラシを配り、投書を呼び掛けている。最近は「投書のアドバイスをしてほしい」と求める先生が少しずつ増え、投書にテーマを絞った出前授業も行うようになった。

自分たちの声が地域に響く感覚

 昨年10月、田村市立要田小学校の5、6年生(複式学級)を対象に実施した投書の出前授業は、国語の研究授業として地域の教育関係者に公開された。当社の新聞講座委員を務めるスタッフは、児童に新聞の役割や特長、投書のルールを伝えた上で、「小学生ならではの視点と言葉を大切にしてほしい」と助言。児童は当日の朝刊に目を通し、東日本大震災からの復興、ごみ問題など関心のある記事を選んで感想や意見を書いた。

 担任の菊地南央教諭の発案で、各自の文案を児童同士で読み合い、読者の反応を予想しながら意見を交わす時間を設けた。「この部分は分かりにくい」「意見が偏っていて気になる」などと率直に指摘し合った。意見を参考にして後日、投書を仕上げ、一部は「みんなのひろば」に掲載された。菊地教諭は「見知らぬ多くの人に読まれることを意識するため、細部まで丁寧に書く力が養われる」と、投書に取り組む効果を語った。

 菊地教諭は二本松市の前任校でも、福島民報社の出前授業を活用して投書を指導した。当時の6年生の一人が、地元の乳業メーカーがヨーグルト飲料を開発したことを伝える記事に関心を持ち、投書をまとめた。「みんなのひろば」に掲載されると、それを読んだ会津若松市の児童から感想の投書が寄せられ、乳業メーカーからは感謝状が届いた。投書が掲載された他の児童も、地域の人々や他学年の児童らから声を掛けられたという。

 「自分たちの声が社会に響いているという感覚を得て、子どもたちは社会の一員としての自覚を持つことができた」。そう受け止めた菊地教諭は、投書の出前授業をはじめ地域の企業と連携した取り組みの成果を『学級経営が主役のカリキュラム・マネジメント』(学事出版、共著)にまとめ、出版した。

 見ず知らずの読者に思いをはせ、どう書けばうまく伝えられるかと考える─。

 投書を読んでくれた人からの反響を受け止める─。投書に取り組むプロセスは、子どもたちに社会とのつながりを意識させ、他人を思いやる心を育む。出前授業で出会う子どもたちや先生から、人と人、社会をつなぐという新聞の役割を実感させてもらっている。

コロナ下の新しい授業様式を模索

 2020年度は新型コロナウイルスの感染が拡大する中で始まり、学校は長期の休校を余儀なくされた。出前授業は前年度中から多くの予約があったが、4、5月はほとんどがキャンセルとなった。学校が再開されたとしても、休校中の授業の遅れを取り戻すのが大変で、出前授業どころでなくなるのではと案じた。テレビ会議アプリを使ったオンライン授業をはじめ、私たちが学校に出向かない「新しい様式」も模索した。

 少なくとも1学期中の開催は難しいのではないかと感じていたが、緊急事態宣言が解除されて間もなく、須賀川市の小学校から「5月末の出前授業は予定通り実施してほしい」と連絡が来た。オンライン授業も可能であることを伝えたが、「ぜひ対面で学ばせたい」とのことだった。この学校は毎年、5年生を対象に当社の出前授業を受け入れており、教育上の有効性を重視しての要請だった。

 例年は学年全員で行っているが、今回は1クラスずつに分け、広い特別教室でそれぞれの距離を十分に確保するなど、感染対策を徹底した。新聞の読み方、ネット情報と新聞記事の違いなどを伝えるとともに、当日の様子を伝える特別紙面を授業と並行して作り、最後に配ると、児童は大喜びしてくれた。

 担任教諭は「休校による授業の遅れを考えると日程的に厳しい面もあったが、やって良かった」。校長は「プロに直接会って学ぶ空気は重要で、子どもたちにとって貴重な経験になる」と話した。

 4月には、福島市の中学校から要請を受け、休校中の時間を活用した全教員対象の新聞活用術講座を開いた。校長は「新型コロナウイルスに関する臆測やデマが飛び交う今こそ、新聞で正しい情報を得て冷静に行動することが求められる」として、学校再開後に新聞記事を使ったスクラップ学習を全校で導入することを企画。講座では先生たちが本社スタッフから助言を受けながら、生徒が取り組むのと同様の形式でスクラップや意見発表に取り組んだ。不足するマスクに関する記事を取り上げ、切々と「なぜ流通しないのか」と訴える先生もいた。

 6月に入ると、出前授業の申し込みが数多く届くようになった。大学では、オンラインの新聞講座を計画している。コロナ報道をテーマにした授業の要請もある。

 私たちは震災・原発事故以降、新聞に対する期待を従前に増して感じてきた。コロナ危機といわれる中にあって再び、「子どもたちに正しい情報を」と願う教育者の熱意に触れ、身の引き締まる思いだ。子どもたちの安全を確保しつつ、期待にどう応えていくか。思案は続く。

筆者・プロフィール

渡部 育夫(わたなべ・いくお)
福島民報社 地域交流局地域交流部長

「新聞研究」2020年7月号掲載
※肩書は執筆当時