“先生”体験から考える

いいことだらけの出前講座―漢那萌さんとのすてきな出会い

 新聞の販売現場で、減っていく部数と向き合う日々を過ごしていると心がすさむ。新聞出前講座での交流はいつも楽しく、あらためて新聞の価値を感じる時間であり、心のオアシスだ。特に昨年の漢那萌さん(18)との出会いは多くのことを得る機会になった。

 以前、編集局NIE推進室にいた関係で、ちょくちょく出前講座の声が掛かる。島尻特別支援学校の照屋純子教諭からもそのような流れで話を受けた。照屋先生は琉球大の先輩でもある。生徒会メンバーが初の生徒会新聞作製に挑むので、新聞の作り方講座を希望してくれた。

生徒会新聞で原点に立ち返る

 2019年5月23日。受講生は高等部の7人。伝えたいことをまとめる新聞ならではの工夫、どのような新聞が読まれるかなど、できる限り分かりやすく、と心がけて話した。当日の紙面を開き、気付いたことを生徒たちに尋ねると「安室奈美恵がいる」「レコードの広告があった」と活発に声が上がる。ワークショップでは毎日新聞の鳴神大平記者が考案した見出し付け「桃太郎新聞」をやった。桃太郎を音読すると生徒たちは喜び、見出しを考える。「難しいー」と悩みながら、一生懸命取り組んでくれた。

 生徒会長の萌さんは熱心で、周りの仲間を気遣いながら積極的に参加していた。萌さんは生後8か月で脳性まひの診断を受け、小学1年生から車いすに乗っている。講座を終えると記者の仕事に感心した様子だった。講座を楽しみにしていたようで、手作りのクッキーまで用意してくれていた。

 萌さんは講座の4日後に「拝啓 ベゴニアの花々が咲き雲一つない空が夏の便りを知らせています」という書き出しの手紙を書き、送ってくれた。「桃太郎新聞」で視点を変える発想の面白さについて感想をつづり、私の「桃太郎」の朗読を「とても心地よく、ずっと聞いていたくなりました」と書いてくれた。新聞を毎日読んでいる萌さんだから多くの発見があったようで「記事を面白く見せるのは記者さんの手にかかっていると感じました。島尻特支らしい新聞を作ろうと思いました」と決意が込められていた。

 後日、初の「島特生徒会新聞」が届いた。トップの記事は「生徒会新聞第1号発行」で「記者を招き新聞作成学ぶ」の見出しが付いた。照れくさいが、生徒会が出前講座を受けたことを大きく扱ってくれた。その他、平和学習遠足で糸満市の平和祈念資料館に行き、命の大切さを学んだことや就業体験の取り組みが紹介された。発行にあたり「5W1Hと頭、肩、ハラを意識した。見出しを一目でわかるように作るのが難しかった。この新聞を通して活動をみんなに知ってもらえるとうれしい」とあった。一生懸命さがあふれる生徒会新聞で、新聞の原点に立ち返る思いがした。

 夏には萌さんから暑中見舞いのはがきが届いた。全ての文字が鉛筆で下書きされ、丁寧なペン字で書かれていた。「この暑さはしばらく続きそうです。ご自愛ください」の言葉に、かわいらしいうちわの絵も添えられていた。

 照屋先生から10月、萌さんが沖縄国際大に合格したと報告があった。島尻特支での大学合格は珍しく、「祝合格」の垂れ幕が掲げられた。取材とお祝いを兼ねて学校に行った。萌さんは社会福祉士を目指し、大学進学を志したという。母親が体調を気遣っても、睡眠不足も気にせず自分で決めた勉強に取り組んできた。萌さんは「福祉の仕事は自分の経験が生かせる。相談者の不安や悩みに寄り添える人材になりたい」と目を輝かせる。大学の海外福祉研修も希望し、電動車いすに乗り換え、一人でできることを増やしている。

 合格祝いに琉球新報のマスコットキャラクター・りゅうちゃんの抱き枕を贈ると、「袋を開けるのがもったいない」と大事に持ち帰ってくれた。照屋先生は萌さんに「社会福祉士になったら一緒に仕事をしよう」と声を掛けていた。

 希望にあふれる萌さんに出会え、私も元気になった。これからの世の中が明るくなるように思えた。

人と人をつなぐ新聞

 広がりがあるようで狭くなりがちな新聞社の仕事にとって出前講座はいいことだらけだ。自分が書いた記事を読者が読む姿、記事について話をする姿は普段あまり目にしない。当日の紙面をめくる子どもたちとの交流は何と楽しいことだろう。今の社会を表す新聞を、次代を担う子どもたちがめくり、話し合う。これからの社会が築かれていく姿を感じられる。

 新聞は人と人とをつなぐ。私は新聞社に勤めて19年余。新聞に関わり、恩恵にあずかってきた。出前講座を含め、さまざまな場面でいろいろな人と希望、可能性、喜びを共有でき、自分の人生を彩っている。尊敬するNIEアドバイザーの先生は、人に何か頼まれたら「はい」か「イエス」か「喜んで」と応えることを信条に多方面で活躍している。私も出前講座の機会があれば「はい」か「イエス」か「喜んで」と応えて、これからもすてきな出会いを求めていきたい。

筆者・プロフィール

関戸 塩(せきど・しお)
琉球新報社 読者事業局販売第一部長 

「新聞研究」2020年6月号掲載
※肩書は執筆当時