“先生”体験から考える
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教育は縦の糸、新聞は横の糸―記者と教師の連携で育む子どもの未来
「教育は縦の糸、新聞は横の糸」。記事を使い子どもたちの未来をひらく教育と、ニュースを同時代の人々に伝える新聞は、時間軸で考えると、垂直に伸びる縦糸と面的に広がる横糸で紡ぐ人づくりと言っていい。東日本大震災からの復興防災を考える出前授業で実感した。
2019年、岩手県沿岸部の県立山田高校と陸前高田市立高田東中学校で行ったチームティーチング。本紙連載「碑の記憶」を中心に120年前から現在までの新聞を活用した。岩手は明治三陸地震(1896年)、昭和三陸地震(1933年)、チリ地震(60年)など、幾度となく大津波に襲われている。そのたびに先人は「二度と悲惨な被害を被らないように」との願いを込め、碑を建ててきた。「碑の記憶」は、石碑が伝える過去の津波の被害や教訓、復興や伝承にかける住民の思い、東日本大震災で教訓がどう生かされたかを追い、安全な地域づくりの指針を探っている。
過去から現在の紙面で学習
山田高の授業は1年生の「総合的な探究の時間」22時間。キーワードは「過去・今・未来×復興・防災」で目標は「次の世代へ命の大切さを語り継ぐ語り部になる」だ。31人が9、10の両月、紙面で津波を学び、記事にある石碑や住民を訪ね、まちづくりに何ができるかを考えた。
導入は明治、昭和、チリ地震、東日本大震災の津波を新聞がどう伝えたか。当時の紙面を手に説明すると、被害を伝える大きな活字に生徒は目を見張った。地元の石碑を取り上げた「碑の記憶」を読み、教員の発問で「先人が一番伝えたかったことは」「教訓は今回の震災に生かされたか」と碑の役割を考え、実地調査は4~5人一組で2か所ずつ回った。
碑は身近な所にあった。登校途中の道端や広場、墓参りで通る参道。周りを見渡し風雨にさらされた文字を追う。建立場所の特徴や時代、碑文を説明しながら人々が避難した道を歩き住民宅へ。昭和三陸、チリ地震、東日本大震災の大津波を経験した90代の女性や児童に防災を説き続ける元小学校長らは若者の質問に丁寧に答え、「命が一番大事」「子どもたちの命を守りたい。千年先まで語り継げ」と強調。調査結果は新聞やデジタル地図にまとめた。
石碑や震災に対する思いや考えはどう変わったか─。自身の心情に焦点を当て振り返る。「震災の風化防止へ教訓を理解し、記憶にとどめ、地域のつながりを強める」「私たちには過去の津波に学び、語り継ぐ責任がある」。石碑に託された思いをひもとき、未来への提言を発表。生徒の目の輝きは、スタート時とは明らかに違う。新聞から学び、語り部の一歩を踏み出したまなざしだった。
高田東中は3年社会科公民的分野「終章 私たちにできること」。18年のNIE全国大会盛岡大会のレガシー継承に向け県教委が創設した「NIE推進アドバイザーによる『新聞活用』出前授業」に加わった。
授業は昨年12月の7時間。明治、昭和、チリ地震の津波を報じる当時の紙面から、それぞれの時代の被害状況や共通点を読み解く生徒。「30~50年おきに津波は古里を襲う」。津波が将来も続くことへの「気付き」に教員は導いていく。
東日本大震災被災地の復興状況を追う企画「点検・復興計画」2年分でまちづくりの進捗を確認。地元の寺の碑を訪れ、住職から震災当時の話を直接聞いた生徒62人は「『必ず風化する』との言葉が心に残った。風化はさせない」「先人は多くの教訓を残してくれたが今回の震災で生かされなかった。伝える活動や防災の教科が必要」との思いを強くした。
締めくくりの公開授業では、過去と現在の記事から「持続可能な陸前高田市の未来をどう築くか」をグループで考察。「教訓を忘れないように碑を木で作り定期的に建て替える。『木』は『気』。みんなで気にするように心掛ける」「人から人へ語り継ぐ強い思いが大切」「外国人の訪問が増え、世代も変わる。みんなが読める工夫が必要」。学習を通じ思考は深まっていく。「新聞は昔から最新情報を伝えていた」「当時の様子や昔の人の思いに触れられた」など新聞への関心も高まったようだ。
教育現場の意図をくみ取る
両校の授業は、教員、同僚らと展開。互いに何ができるかを持ち寄り、打ち合わせを重ねた。授業づくりで感じたのは「何を学ばせるか」「どんな力をつけるか」と生徒の成長を一番に考える教員の熱意。夜中まで指導案を練っていた。紙面約80枚から記事を選ぶ際も「どの記事を使い、何を考えさせるか」と生徒ファーストはぶれない。高田東中の教員は▼社会事象への関心・意欲・態度・知識・理解▼社会的な思考・判断・表現▼資料活用の技能─を柱に単元を組み立てた。
生徒の未来を考える教員の姿に触れ翻って記者による出前授業を考えると「児童生徒にどんな力をつけるか」の視点をより強く意識する必要があると感じた。単元に沿って進む学習に合わせ出前授業を考えるのは至難の業だ。記者は教育のプロではない。そこで重要になるのが学校現場の目指す学びの方向性をしっかりとくみ取る作業。新学習指導要領が20年度、小学校で完全実施となる中、新聞の活用が有効なことは明らかだ。綿密な打ち合わせがその可能性を高める。
授業は「いきる・かかわる・そなえる」を掲げ、復興・発展を支える人材育成を目指す県教委の教育プログラム「いわての復興教育」とも連携。教育活動全般に震災の教訓を生かすプログラムは、震災・復興報道との親和性が高い。犠牲者の思い、復興に携わる人々、将来の災害への警鐘─と現場目線の記事に込められた思いを次代につなげるのは、新聞界と教育界で織りなす布・協働と強く感じている。
筆者・プロフィール
- 礒崎 真澄(いそざき・ますみ)
- 岩手日報社 販売局販売部長 (前・編集局NIE・読者部専任部長)
「新聞研究」2020年5月号掲載
※肩書は執筆当時