“先生”体験から考える

読むことで文章力がアップ―学校、家庭、新聞社の連携でNIE推進

 NIE活動を通して教育関係者と接し、学校教育の現実が私の考えと大きくかけ離れていることに驚いた。福島県内で進学率トップクラスの高校で教える男性教諭の言葉に、私は疑問を感じた。教諭は「難易度の高い大学により多くの生徒を合格させるには、より高いレベルの授業が必要。そのレベルに生徒を引き上げることこそが教師の役割」だという。では、授業についていけない生徒はどうなるのだろうか。「成績が真ん中ぐらいの生徒はそこそこの大学には進学できるし、落ちこぼれた生徒は自分で努力するしかない」と彼は続けた。

 子どもたちの不登校の原因は、授業がわからない、つまらないからだという新聞記事を読んだことがある。NIEで出前授業の依頼を受けると、児童、生徒の反応はとても気になる。  

 「きょうの授業は楽しかった」「また来てほしい」と無邪気に話す子どもたちの笑顔はもちろん、先生からも感謝の言葉をかけられると正直うれしい。また新しいネタを考えなくては、と前向きな気持ちになる。新聞社の社員は、記者職ばかりでなく、出前授業などの機会を多く作り、子どもたちや先生と接しなければならないと思う。

 私がNIEに関わり始めたのは2013年。高校で国語教師をしている後輩から、母校で出前授業の講師を要請されたことがきっかけだ。当時の役職は販売部長。記者経験はあるものの、講師は初めてだった。文章を読み解く力が弱く、長文に慣れることの重要性を認識していない生徒が多いことがオファーの理由だった。出前授業を通して文章嫌い、文章アレルギーの児童や生徒が近年、いかに多いかを知った。

文章を書きたい欲求

 出前授業では「どうしたら文章をうまく書けるのか。こつを教えて」とよく聞かれる。私は「一流のコックが作ったカレーライスの写真があります。この写真を見て同じ味のカレーライスを作ってくださいといわれたら、できますか」と聞き返す。子どもたちは「見ただけでは味がわからないので、できません」と答える。そこで「文章を書くのも同じ。読まない人に文章は書けません。短文ではだめ。新聞のコラムや社説のような長文を数多く読んでいると、魔法のように自然と書けるようになります」と話す。授業のポイントは文章に対する苦手意識を取り除くこと。いかに自分たちが文章に接していないかを諭すだけでいいのだ。

 笑い話のような出来事もある。高校生を対象とした主権者教育の出前授業の中で、選挙管理委員会が作成した「選挙クイズ」を生徒たちに出したが、問題の文章を読めない生徒が結構いる。「お札のように透かしが入っている」のお札を、おふだと読み、「葉書を郵送する」の葉書を、ようしょなどと読んだりする。文章を読み慣れている人は漢字の正しい読みを文脈でとっさに認識する判断力、読解力が身についている。一方、読み慣れていない人は、一つの漢字が読めないだけで、文章全体の意味がまったくわからなくなってしまうこともある。

 子どもたちに最大の教育的効果を与えるために、NIEは小学生からスタートさせるべきだと考えている。私が実施する小学生の授業では、まずその日の朝刊を1部ずつ、全員に配布し、子どもたちに「今日の朝刊は28ページあります。気になった記事、読み直したい記事に印をつけながら、3分以内に最後のページまでたどり着いてください。1ページにかける時間は5秒が目安です」と課題を出す。どんな結果になるかといえば、ほとんどの子どもたちは最後のページまでたどり着けない。なぜか。子どもたちは好奇心が旺盛なので、新聞を開くと自然に気になる記事に目がとまり、引き込まれていくから。そのときの子どもたちの目は、まるで宝物を見つけたように輝いて見える。その様子を周りで見ている先生たちが何も感じないはずがなく、子どもたちと同様に新たな発見と手応えを実感する。まさにアクティブラーニングの「主体的学び」の一歩だ。

いつでも読める環境整備を

 ある小学校が実施した児童アンケートで、新聞を使った授業について「おもしろかった」 「これからも続けたい」と答えた児童が全体の約8割を占めたそうだ。結果を受け、この学校の校長や教員は本格的なNIEの導入を検討したが、教科書の学習内容を1年間で終了させるためにはNIEにそうそう時間を割けない。そこで、新聞協会が実施している「いっしょに読もう! 新聞コンクール」を簡素化したような内容の宿題を出せないかと考えたという。だが残念ながらある現実がその案にストップをかけた。それは、家庭における新聞の定期購読率の低さだ。約2割の家庭でしか新聞が読まれていないという現実に、私も大きなショックを受けた。

 新聞を読まない環境で育った子どもが将来、新聞を取るだろうか。特別な理由がなければ取らないだろう。販売局に身を置く私は、新聞を家庭に売り込む難しさを嫌というほどわかっている。だが、未来を担う子どもたちに、想像力と解決力を身につけさせる必要がある。NIEがその一助になると私は確信している。出前授業だけでNIEは推進しない。子どもたちがいつでも新聞を読むことができる環境を整備しなくてはならない。学校への新聞配置も私たちの使命だと思う。その結果として近い将来、子どもたちが家庭に新聞がないことを疑問に思い、親にその疑問を投げかける時が来るよう、NIEを推進していく。

筆者・プロフィール

渡辺 順(わたなべ・じゅん)
福島民友新聞社 教育応援プロジェクトまなぶん事務局長兼販売局次長

「新聞研究」2019年4月号掲載
※肩書は執筆当時