“先生”体験から考える

購読してもらえる価値とは―100回を超える講座に取り組んで

 「今までに記事を捏造したことは?」

 ある高校での出前講座の際、事前に送られてきた生徒たちの質問の中にあった。40人ほどのクラスで「新聞を読む」という生徒は4、5人。ためらいがちに手を挙げた。

 「深く考えた質問じゃないと思います」と教師はすまなそうにフォローしてくれた。話を突き詰めていけば、結局、質問のネタ元はネットに行き着く。生徒にとって新聞記者も、放送記者も、雑誌記者も全て同じ。ネットで見出しや第1段落だけを読んだ記事、SNSでのうわさなどから「記者は自分に都合のいい創作をしていないか」と軽い乗りで質問してきたようだ。「新聞に興味を持ってくれれば、いいか」と苦笑しながら、もちろん「そんなことはしません」と答えたが。

少ない新聞との接触機会

 NIE担当として2017、18年度、小学生から生涯学習グループまで90回の出前講座や新聞講座を行った。少年院でも2回行っている。企業や団体での研修(NIB)を含めれば計115回(2月末現在)になる。先方に出向くこともあれば、当社印刷センターの見学者に行うこともある。

 内容は「メディアの歴史」「新聞ができるまで」「新聞の読み方、活用の仕方」「日本語トリビア、気になる日本語」などこちらの手持ちの素材を説明し、相手の希望を聞いて一緒に決めていく。オーダーメード可能を強調し、その日の新聞も教材にする。「全国コンクールで上位に入れるような議会広報の作り方を」と要望してくる議員さんもいる。講座の様子は翌日の紙面で必ず紹介する。

 群馬県では、児童生徒に環境教育の場として自然の宝庫・尾瀬を訪れてもらう「尾瀬学校」を実施している。その事前学習の依頼も来る。山道のアップダウン、所々にある熊よけの鐘、雪で曲がった大木、木道、山小屋、物資を運ぶ歩荷やヘリコプターなど、取材や個人で撮りためた写真で、子どもたちがシミュレーションできるように紹介していく。

 校外学習の後は新聞にまとめることも多いので、取材や質問の仕方、マナー、写真の撮り方などアドバイスする。「しなければならないこと」が多いと、せっかくの機会を台無しにしてしまうので「楽しんでもらうこと」が大前提だ。

 実業系の高校では「就職試験の面接用に、時事問題を解説してほしい」と池上彰さんに依頼した方がいいような要望もくる。中学や高校では進路に役立つ話を求められることが多い。

 生徒や教師に共通して言えることは、新聞に触れる機会が少ないことだ。「職員室で一人で読んでいると、暇と思われてしまう」「『ごみになって場所を取る』と家族に言われた」とこぼす教師も。

 大学でも新聞を読んでいる学生は少数。親元を離れての一人暮らしなどの事情もあるだろうが、統計(最近は危ない)や比較する数字の使い方、出典や参考資料の選び方の甘さ、文語体と口語体の混在など「新聞を読んでいれば......」と思うリポート、小論文は多々ある。そんな時は「就活からでなく、今日から新聞を読んでライバルに差をつけよう」とハッパを掛ける。

求められる発想の大転換

 最近、注目しているのがシニア世代だ。新聞ファンも多いので"聴講生"として手ごわい存在。こういう人たちに「へぇー、そうだったのか」と思ってもらうのが講師の醍醐味だ。

 ある時、講座の後、何人かのご婦人が来て、「新聞を読むことの大切さが改めて分かった。孫の入学祝いに新聞をプレゼントするのもいいわね」「『新聞を読んで』と言ってお祝いを渡した方が、お金を有効に使ってもらえる」などと笑顔で話してくれた。講座が読者(未来の読者を含め)と接する最前線であることを痛感する瞬間だ。

 趣味やレジャーに即決できる懐を持つこの人たちを忘れてはならない。以後、生涯学習グループや小中学生を持つ親の前では、このおばあちゃんたちのエピソードを紹介し、「お孫さんへのすてきなプレゼント」「お父さんやお母さんの財布は痛みませんから」と強調している。

 新聞を1紙購読すれば、年間3万円以上が家計から支出される。高いか、手頃かは別として、さまざまなメディアがある中で「世の中の動きが分かる」「勉強に役立つ」「知識が広がる」「社会人としてのたしなみ」「自分に投資を」といった美辞麗句だけでは、購読してもらう決定打にならないのが現状だ。

 講座の直後は、確かに小学生から大学生、大人まで「今日から新聞を読んでみようと思った」「新聞への認識が改まった」と必要性を分かってくれる。だが、購読となると話は別だ。大事なのは新聞の必要性を認識してもらったその先。購読へ一歩を踏み出してもらうのに見合うディープなインパクトだ。

 「ニュースはネット」「テレビ欄はリモコンの『番組表』ボタンで」「真っ先に読むのは『おくやみ欄』」。身近なところでこんな言葉をよく聞く。即効薬、特効薬探しは難しいが、価値観の変化が著しい時代に、新聞の作り手にはこれまでとは違う発想の大転換が求められている。

筆者・プロフィール

子安 悟(こやす・さとる)
上毛新聞社 編集局NIE・NIB担当

「新聞研究」2019年3月号掲載
※肩書は執筆当時