第14回NIE全国大会(長野)

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第14回NIE全国大会記念講演 「命は人と人のつながりで守られる」鎌田實氏

 子どものころ、家は貧乏だったが新聞は取っていた。母は体が弱く、一人っ子のわたしは父が帰ってくるまで新聞をくり返し読んだ。多様な価値観を持つことができたのは新聞のおかげだ。

 数年前、イスラエル兵に銃撃され脳死状態になったパレスチナ人の子どもの心臓が、イスラエル人に移植された記事を読んだ。それ以来、いつかその子の両親らに会いに行き、その話を絵本にしたいと思っている。きっかけとなったのは新聞だ。新聞には人がどう生きたらいいかがいっぱい詰まっている。それを子どもたちに分かってもらう活動がNIEなのだろう。勉強に関する基礎的な技術も大切だが、人と議論したり、壁を乗り越えたり、地域を守ると同時に世界、宇宙といった視点を見失わずに生きていくために、新聞は大きな道具になる。

 医師になるために大学に行きたいと父に話した際、「ダメだ」とけんもほろろだった。もう一度頼んだ時、「馬鹿なことを言うな」と言われ、思わず父の首に手をかけた。そのとき父が泣き出し、あと一歩で踏みとどまった。父にとって息子の大学進学は途方もないことだったのだろう。それでも「おれは何もしてやれないがお前に自由をやる。これからいろんなことが起きるだろうが、自分の責任で生きていけ」と言ってくれた。うれしかった。小学校しか出ていない父が自由や責任という言葉を使った。父には教養があった。それは新聞を読んでいたからだ。

 新聞を読んでいると、多様な生き方があることが当たり前だと分かる。価値観が多様であることが分かれば、何も怖くない。子どもの時にそういう教育が行き届いていれば、どんなことでも乗り越えられるのではないか。大学卒業後に赴任した諏訪中央病院はつぶれかけていて、初めて見たときはショックを受けた。しかし「これ以上は悪くならない。良くなるだけだ」と考え方を変えた。新聞を読んでいれば大病院のことは分かるので、逆に小さい病院だからこそできることがあるのではないかと考えた。たらい回しをしない、見放さない、温かい病院を作れば時間はかかるが再生できると思った。

 いまは家庭も学校も地域も疲弊している。心を温めることが一番大事だ。人は温かい視点を持っている人が隣にいれば、勇気を持って動き始める。新聞が良くないのはネガティブな話が多いことだ。ポジティブな記事をもっと増やしてほしい。目には見えづらくとも日常的に行われている良いことや、生活の一歩一歩を取り上げてほしい。人は自分のために生きているが、みんなが1%でも誰かのことを思えばこの国は変わっていく。子どもは敏感だからそれが分かる。生きる力、人を大事にする力も身に付いていく。みんながちょっとずつ温かくなることが大事。温かい心はブーメランのように戻ってくる。社会に温かな空気を通わすことが大切だ。

(2009.7.30収録)