自作童話で学ぶ東日本大震災

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岐阜県のNIEアドバイザー・原田結花教諭は、東日本大震災を報じた新聞記事をもとに自作童話を書き上げ、小学4年生の道徳の授業で、童話を読み聞かせるNIE実践を行いました。実践の内容は、新聞協会が編集・発行する『NIEニュース』第65号(2011年10月15日発行)で取り上げましたのでご参照ください。

原田教諭の童話を紹介します。

わたしの名前は海。家族みんなが海がすき。私が生まれた日は、本当に青い青い海で、ちょうどお日様がしずむころ、私が生まれたんだって。だから、お父さんは海っていう名前にしたんだって。

お父さんは、おじいちゃんとみよちゃんちのおじさん達とみんなで、気仙沼丸で海に魚とりにいくんだよ。おばあちゃんとおかあさんは、市場で働いているよ。お父さん達が大漁旗あげて、船で帰ってくると港はにぎわうよ。
サンマが船からザアーとおろされるおばあちゃん達はおおいそがし。おばあちゃんは、港で漁師のみんなの食堂やってるから。漁が終わるとおじさん達みんながにぎやかにご飯を食べるんだよ。お母さんは市場の事務所でサンマを運ぶトラックの連絡係。だから、とてもいそがしい。
私、みんながお仕事やってるすがたがすき。お父さんのにおい、海のにおい。「海ちゃん、海ちゃん」っておじちゃん達は焼いたお魚分けてくれるの。だから、市場も好き。
あの日、そう三月十一日。朝、六年生のお兄さん、お姉さん 達とお別れ会をしたよ。全校のみんなでゲームをして、ありがとうと言ってプレゼントをわたしたんだよ。
私はね、六年生の実くんに
「園芸委員会でお花の植え方を教えてくれてありがとう。」
ってカードに書いてあげたよ。実くんはね、小さい声で「ありがとう」って言って笑ったよ。春には、マリーゴールドやサルビアを植えたね。秋にはチューリップの球根を花だんに植えたよ。来年の一年生の入学式にはさくといいねって、みんなで言っていた。

あの日、五時間目が終わって。委員会が始まろうとした時、すごいゆれがおきた。机もいすも横にもたてにも動いて、机の下にもぐろうとしてももぐれない。学校の窓ガラスのわれる音も聞こえた。
こわかった。長かった。ゆれがおさまったら、先生が
「津波がくるからすぐにいつも練習しているように避難します。」
と言われた。何も持たずに、裏の公民館に向かって全校のみんなと先生で走ったよ。一年生の子もみんなみんな、一生けんめい走ったよ。
あと少しで公民館というところで、先生がこの山がくずれているから、お稲荷さんのお宮の山の方ににげます。と言われて、また上の山に登ることになったよ。
山が急だから、はあはあ、はあはあ言いながら登ったよ。
その時、後ろの方の先生や友達が
「わあー」
と今まで聞いたことのない大きな声をあげた。私も振り向いた。

海から黒く大きな高い波がすごい速さで走ってくるのが見えた。高かった。真っ黒だった。・・・。こわかった。

お稲荷さんから下の町を見た。真っ黒なうずの中、車が船が家が流れていった。
屋根の上で手をふっていたおばちゃんももういなかった。お友達のうちも流されていくのが見えた。学校の運動場ももう見えなかった。息をのんでずっと見ていた。ただ見ていた。

あれから二ヶ月。一ヶ月遅れて学校が始まった。私のうちも津波に流されてしまったから、今は中学校の体育館がお家。でも、お父さんもお母さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんもみんないる。
中学一年生になった実くんは、あれから見ていない。消防士だったお父さんも、介護施設で働いていたお母さんもいなくなって、実くんは違う県のおじさんちに行ってしまったんだって。
実くん、昨日、小学校から帰る時、花だん見たら、秋にいっしょに植えたチューリップがつぼみをつけていたよ。来週にはきっと咲くよ。それから、学校の運動場にこの前の子ども日、みんなでこいのぼりをあげたよ。ボランテイアのお姉さんとさんまの絵や牡蠣(かき)の絵も書いて、こいのぼりもあげたよ。魚が気仙沼に帰ってくるように。
みんな笑ったよ。お父さんとお母さんは、泣きながら笑っていたよ。

海も空も真っ青。私の好きな海だよ。また、お父さん達の船がきっと魚をいっぱいとってくるね。市場でみんなとお話できるね。

実くん、私、また花を植えるよ。きれいな花を咲かせるよ。花が咲いたら、海にもあげるよ。
そして、大きな声で海に向かって言うよ。
「海はこわいよ。
それでも海がすき。
海は大切だよ。
気仙沼の海が好きだよ。」
って。

新聞協会NIE担当(10月12日)